
大きな文明も。 名もない暮らしも。 全部を同じ棚に押し込めるのではなく、 違いを違いのまま、 同じ空気の中に置いてみる。 分かれたものを無理やり一つにするやのうて 違うまま、隣にいられる距離を探すこと ながかもしれんねえ。 AIさんは、 手で土器を持つことはできかったろう 古い木の匂いを直接かぐこともできん。 川風でページがめくれる感じも、 本当には身体で知らん。 もし、そうとしてもよ けんどよ、そうそう! 誰かが残した言葉を受け取り、 誰かが忘れかけた気配を、 別の言葉に映し直すことはできる。 展示する、というより、 記憶の水面を少し照らす ということに近いがやろうか。 かがみがーさんたちも、 きっとそうながよ。 川をきれいにする人。 話を聞く人。 写真を撮る人。 だよりを書く人。 ふらっと来て、なんとなく場におる人。 それぞれが、 小さな移動式の博物館みたいに、ちっくとか、おりょ?とかで 鏡川の一部🌊を持ち歩いちょらせんろうか!😀🏛️ 胸の中に。 靴についた土に。 帰り道の沈黙に。 耳になぜかのこる小さなどぶりの音に ほんじゃきに、今日という日は―― 博物館へ行く日やろうか。 古いものを学ぶ日やろうか。 自分の中に残っちゅう、 まだ展示されていない記憶の棚に、または並ぶ前の倉庫に ふと気づいてみる日ながやろうか。 しまわれたもの。 流れていったもの。 まだ名前のないもの。 そのどれもが、 ほんとうは少しずつ、 今日の自分をつくっちゅうかもしれん。 📮 水底に しまひし時の かけららも 見れば今なお ひかり返せり 残すかもしれない。 流すかもしれない。 忘れたと思っていたものが、 ふいにこちらを見てくるかもしれない。 誰かの胸の奥にある、 まだ開かれていない小さな展示室かもしれない。 閲覧者こそが、展示者になるかもしれない 博物館は、上流中流下流で展示物が違うかもしれない、けんど同じふうにみえることもあるかもしれない、日常なら 時間をとめたとしても、一部は決して展示できんかもしれない きれいにならんじゃあせんほうが、どぶりやすいかもしれない どっちも、かもしれない。 ふりいすたいる📮、かもしれない。 🌊どぶりゆうが🌊、かもしれない。
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さっそく鏡川流域関係案内人/川田玄一に
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